中村俊輔さん、選手引退されたという事でお疲れ様でした。
この記事でもサッカーの話題を書いたりしたなどで、
タイムリーな形が多くて、情報が入ったという形で書きました。
引退というより選手として引退して、
次のサッカーのキャリアをするという形みたいですね。
そういう空気感を感じました。
いろいろ書こうと思うといろんな話題は書けるのですが、
何を書けばいいか悩む感じです。
年齢が私と同じで、44才なので監督などを視野に入れて考えても、
サッカープレイヤーの楽しみだけでなく、監督などをする楽しみを考えられる年齢でもあるので、
そういう意味では良い時期にサッカー選手として引退できたのではないかと思いました。
サッカーだけに限らず、他のスポーツでも若くして引退するとなると
そのスポーツを続けたいのに止めないといけないとか、
そのスポーツを続けてきたピリオドを打ったような感覚になると思います。
逆に年齢を重ねて、体が動く限り、成績を残せる限りやって引退をするとなっても、
状況によっては、その状態でスポーツ自体を止めるという形も出てくるし。
そういうのも思ってたんですけど、
足の調子が悪くなったから次はどうするかとできるように、
サッカーで違うキャリアをやる方向とか予め考えて動いていると
こういう形で終われるのもあるんだなと気づかされました。
そういう意味でも、他のスポーツでも
こういう形でスポーツをやっていく考え方は
参考にもなるし、良い形を見せてもらえたのではないかと思います。
ちょっとくだけてかくと、私の場合、
サッカーのキャリアを続けたいと考えるのも
凄いなと思って。
選手の立場から例えば監督の立場となると
そこのポジションでの大変さやストレスがあると思うので、
でも本当にサッカーが好きな人は、
そこも行くんだろうなと。
今、森保監督も見ていてもそうだし、
他の国でもいろんな監督はいて、そのポジションで叩かれながら
やっていくわけなんで、
それを含めても、やりたい気持ちが強いんだろうなと見えるし。
中村俊輔さんの場合なので、
そういう話をしてもいいと思いますが、
ちょっとそれに近い事を体験させてもらえたことがあったと思いますが、
選手側の圧とか、自分を使ってくれとか、表ではそういうふうに見えなそうだけど、
そのポジションやサッカー的な評価とかの思いとか、
強いので、監督として選手やポジションを選ぶのが大変・・・という表現が正しいのか・・
そういうを強く感じるようになるとか。
私の場合、プロのサッカープレイヤーとかでもなかったわけですし、
サッカーをやっていた時に、このポジションの方がいいなぁとか、
こっち側のポジションの方がパス出しやすいのになぁとか、
そんなレベルでしたけど、プロとか代表とかやっている人は気持ち自体が違うなと思うし。
それが監督になるというか、それに近い状態ですが、
それを肌で感じるんですよね。
言葉はその通りなんですけど、きっとプロ選手から監督側の立場に変わる状態になるんですよね。
普通の事を書いてはいるんですが、
監督としてはこういうフォーメーションだから、こういう選手を使いたいとなる理由で
選手を選んだり、選手をはずしたりすると思いますが、
プロ選手からすると、自身のプレースタイルなどプライドを持っていたり、
実際に一流選手でもありますから・・・
実際にキャリアも出てくるのもわかっているでしょうし、
選手に選ばれるのは嬉しいですが、はずされるとキャリアに響く事も
あるのも確かだと思うし。
書いている通りなんですが、肌で感じるようになるとかあると思います。
普通の観客目線の立場だったりすると
そういう話題も悪い表現ですが楽しめる要素でもあるかもしれないし、
それを含めて、スタジアムに足を運んだり、視聴したりにもなってるとも思うし。
・・・自分自身の話になってますが、
そういうのも中村俊輔さんは、学んだりしていくんだろうなと思いました。
もう私より先にワールドカップで、
選手時代にそういうのも経験もして、
理解して行動もいるのかもしれないですが。
書いていて私は本格的にそういうのを体験したわけでなく、
短期間だけでしたから、もっといろいろありそうですし。
中村俊輔さんは
選手として十分なキャリアは残せたのではないかと思います。
これもよくある話ですが、
個人的な能力というより、サッカーのプレースタイルの相性の関係で、
活躍できるリーグとか国のフォーメーションや人材などの関係で
活躍できたり、できなかったりしたんじゃないかと思います。
イタリアリーグは相性が良かった方だったんじゃないかと思うし。
世界的にも通用するFKの武器もできてたし。